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三原由宇出張写真室・旅の写真(ブログ)

8.31.2009


 
 
ポンポのフロントガラスについた雨の粒。
 
台風接近中で、雨風が強いです。
ふだんは濡れないアパートの廊下もびっしょりです。

雨はなかなか撮れません。
なんといっても雨の中に出て行くのが億劫です。

しかし先日、写真家・伊藤之一さんの『雨が、アスファルト』という作品に、久しぶりにぐらっときてしまいました。
>《伊藤之一写真展「雨が、アスファルト」

こういうふうに雨を見せられたら、真似して撮りたくなってしまいます。
で、ちょっと真似してみました。
……難しい、ということだけわかりました。
 
なので、視点を変えてこの写真。
雨は素敵だ。
 
 

8.30.2009

ニラ




小さな白い星の集まりのようなニラ。

子どもの頃は苦手な野菜のひとつでした。
時間が経てば変わるものです。今では何の抵抗もなく食べられる。
 
どうして食べられるようになったのか、わかりません。
いつの間にやら、ということですが、《いつの間》って、どういう時間なんだろ。
わかっているようなわからない時間。
 
これからもきっとそういう時間が流れていくんでしょうね。
何が変わるのかは、まだわかりませんが。
 

8.29.2009


 
 
街角の駐車場であくびする猫。
 
どうも猫に逃げられます。
猫発見!→カメラカメラ……→逃げるなよ→あ、逃げた。
毎回この繰り返し。
別に悪さをするわけじゃないのに、ちょっと撮らせてくれたっていいじゃん。
と、思う。
 
この写真だって、トリミングしているのです。
ええ、近寄るときは、たいてい地べたにしゃがみ、低い姿勢のままじりじりっとにじり寄ってますよ。
コワイですか?
 
 

8.28.2009

ケヤキ


 
 
都庁前のケヤキ並木。

飛行船を撮るために都庁に急ぐ道でした。
薄暗い動く歩道を出ると、きらきらと木漏れ日が路上に落ちていました。
はっと気がつかされる瞬間。

もうあと二ヶ月すると、この葉も散っていくのでしょう。
今は陽射しに青く光を透かす葉がとても貴重なものに思えます。
 
いまだに落葉した木々を見ると、寒々しさが募ります。
高校生の頃まで、九州で常緑樹の木々を見ていたせいなのでしょうか。
 
 

8.27.2009

アゲハチョウ


 
 
キバナコスモスの上をひらひらと舞うアゲハ。
もうすぐ夏も終わりです。
 
夏の始め頃から咲いていたコスモスは、盛りを過ぎていました。
花がなくなれば、花の蜜を吸う虫もいなくなります。
毎年、一度は死に絶える蝶。
さなぎというシェルターで寒い冬を過ごす知恵をどこで身につけたのでしょう。
 
人間もこんなリスクヘッジの方法を虫に学んだほうがいいのかもしれませんね。
いつの日か環境が変わって地球上で暮らせなくなるときのために。
 
 

8.26.2009

ぜんざい


 
 
ミチコさんの実家から送られてきた小豆と白玉粉で《ぜんざい》を作りました。
 
関東では《お汁粉》と呼ぶそうですが、西日本(長崎と山口)出身同士の夫婦は《ぜんざい》のほうがしっくりきます。
あんこの上に浮いているのは……猫の形のお団子。
毎日粘土を扱っているだけあって、ちょちょいと作ってしまいました。
>《ゆるやかな日々:ミチコさんのぜんざい

つるりと白玉が喉を滑る感覚は心地いい。
一時期人気を博した、ナタデココに似通うものがありますね。
来年の夏は白玉デザートが流行するかも?
 
 

8.25.2009

とある犬


 
 
お散歩の途中、公園でひと休みの犬。
なかなかの美形です。
 
二人の子どもがやってきて、犬を相手に遊ぶ。
おじさんは静かにベンチに座っているだけ。
犬のまわりで、夕暮れ時の穏やかな時間が流れていました。
 
その時間のお裾分けをもらう写真を撮る自分。
 
 

8.24.2009

サルスベリ


 
 
鮮やかなピンク色したサルスベリ。
遅れて咲いたのでしょうか。まわりが緑のなかにはっと目が覚めるような色彩でした。
 
やらなければいけないと思っていることが、あれもこれもとあって、なかなか終わりません。
順番にこなすのですが、その間にも新しい《リスト》が追加されるエンドレスゲーム、
やはり、寝る時間を削らなければいかないのでしょうか。
それとも自分の要領が悪いのか。
 
たぶんどっちもなんだろう。

もやもや気分を一瞬忘れる、花を見ている時間。
  
 

8.23.2009

エゴノキ


 
 
実の味がえぐいことから、エゴノキ。
そんなネーミングでいいのか、とつっこみたくなります。

でも、実際に実を食べた人がいるんですね。
直径1センチほどの緑色の硬そうな実。
 
写真を撮るのに、仕事前のわずかな時間しかありませんでした。
でも、この木がいてくれてよかった。
ブログに載せるから、というのもあるけれど、写真が撮れたことでほっとするような気持ちもある。
なぜほっとするのかは、まだよくわかりませんが。
 
 

8.22.2009

メタセコイア


 
 
実は繊細な葉を持つメタセコイア。

韓国ドラマ《冬のソナタ》ではメタセコイア並木が、劇中の印象的な場面になっているとか。
意外なところで人気がある木なのだと知りました。
 
木の写真を撮ろうと思い立ってから、町中に立っている木が気になりだしました。
が、ほとんど名前を知りません。
今まではみんな同じ《木》だったのに、急に一本一本に個性があるような気がしてきます。
木でも何でも、それぞれの種類の名前があるって、当たり前なようでいてとてもすごいことだな、と思う。
 

8.21.2009

キキ


 
 
じっと僕を見つめるキキ。
 
犬も猫も、飼い主をじっと見つめるときは何かを要求しているのでしょう。
キキはしっぽのつけ根を掻いてほしいと思ってる、はず。

人も……相手をじっと見つめるとき、何かを要求しているのでしょうか。
 
いや、恋愛をしているなら、何も欲しくなくても、相手をじっと見つめることがある。
ただ見ていたいという欲求だけで、人は誰かを見つめていられる。
見て、何かが得られるわけでもないのに、不合理だなあ、と思う。
不合理なことをするのが人間らしさなのかも。

「なんでじろじろ見てんのよ!」

ミチコさんに怒られました。
 
 

8.20.2009


 
 
木立の間から見えた羽のような雲。
 
誰かとの待ち合わせの間、何をしているかといえば、たいていはぼーっとしています。
何かを考えているのかもしれませんが、後になってみればほとんど思い出すこともできません。
 
それは何も考えていないのと同じなのでしょうか。
記憶の海の波間に消えてしまった無数の思考。
役に立つとは思えないけれど、そんな煙のような思考こそ、《自分》なのかも。
そしていつかは自分もどこかに消えてなくなる。
 
 

8.19.2009

サルビア


 
 
ふと目を奪われる鮮やかな赤色。
 
飛行船を撮りに、川崎市多摩区にある枡形山に登りました。
標高80メートルほどの小さな山ですが、息せき切って登って汗だくになりました。
残念ながらあまりいい写真は撮れずじまい。
いい運動になった、と自分を納得させました。
負け惜しみですが。
 
ふだん何かに目の色を変えることがあまりないだけに、一心不乱になった後の充足感を味わう。
疲れるけれど、いいものだなと思う。

 
 

8.18.2009

クスノキ


 
 
木を撮るのはなかなか楽しい。
変わり映えしないようだけど、木によっていろんな緑に出会えます。

緑の透過光を浴びていると、気持ちがよくなるような気が、します。
どこか遠くの有名な木を見に行く必要はなく、近所の公園の木でも、街路樹でもいい。
じっと見ていると、木も生き物だなあと思うのです。
 

……あ、ペットを飼う代わりに、木を育ててみるのもいいかもしれない。
庭付き一戸建ての家を買えたなら。
 

8.17.2009

有楽町マリオンのエレベーター


 
 
ふと見上げれば、小さなプラネタリウム。
 
有楽町マリオンのエレベーターの天井には《星空》が広がっていました。
無駄な装飾と言われればそれまで。
でも、こんな小さな遊び心にふと気がついたときに嬉しくなります。

気がついても、すぐに忘れてしまうのかもしれませんが。
それでも、その一瞬だけ、心が瞬いたような気分になる。
そんな瞬間は多ければ多いほうがいいな、と思うのです。

自分にも、こんな遊び心がたくさんあるとよいのですが。
 
 

8.16.2009

ノウゼンカズラ


 
 
眩しい夏の昼下がり。鮮やかなノウゼンカズラ。
まるで呼ばれたかように、この花に引き寄せられました。

駅から逗子海岸へ出るには住宅地の中の細い道を通ります。
通りに面した生け垣や植え込みには、ゴミや空き缶が無造作に置かれていたりするのを見ると、片付けてあげたいと思う。
でも実際は横目で見るだけで通り過ぎてしまいます。
 
そういうとき、自分もそのゴミを捨てた人の仲間であるような罪悪感をちらりと覚える。
だめだなあ、自分。と思う。
 
花はそんな自分に関心があるような無関心なような、どちらとも思える顔をして咲いていました。
 
 

8.15.2009

木漏れ日


 
 
雑木林に落ちてくる木漏れ日。

逗子の市街地を抜けて、小さな山に登りました。
ほっと足を止めると、蝉の声だけが響きます。
細い道の前後には誰もいません。
こんなとき、ふと贅沢な気分になります。
過不足なく満たされた気持ちになるのです。
 
種類は違えど、誰にでもそういう時間があるのではないでしょうか。
もしかすると、そういう時間のために人は生きているのかもしれず。
 

8.14.2009

貼り紙


 
 
ミチコさんが玄関のドアに貼り紙して実家に帰省しました。
まるで子ども扱いです。
 
自分で言うのもなんですが、けっこう《抜けて》ます。
財布を忘れて出かけ、駅で気がつく、ということが何度もあります。
そういうときは、電話してミチコさんに駅まで持って来てもらったり。
なので、この貼り紙はミチコさんの親切心でもあるのでしょう。

それにしても、手書きの貼り紙や置き手紙というのは、どこか生々しさを感じますね。
不在なのに、その人の実在を意識させるような。


……しかし、この写真を載せてると、ミチコさんが帰ってきてから「わたしの字がヘタなのバレちゃうじゃない」と怒られそうだな。
字は僕の方がきれいです。えへん。
 
 

8.13.2009

アトム


 
 
ミチコさんを見上げるアトム。
明日からミチコさんは山口県の実家に里帰り。
しばしのお別れです。

ミチコさんとアトムは、恋人同士みたい。
いちゃいちゃしているところなど、端から見ていると、ばかばかしくって見てられません。
当人と当猫にはそれでいいのでしょう。

一緒に暮らし始めたときには、心穏やかならざるように感じましたが、人間何にでも慣れるものです。
今では勝手にしてちょうだい、という気分。
 
そのぶんミチコさんへの愛情が薄れた、というわけではない、と、思う。
 
 

8.12.2009

シコンノボタン


 
《紫紺野牡丹》。
"ノボタン”と聞くと、なんだかほのぼのしている名前だなあと思うけれど、
漢字で《野牡丹》だと、格式張ったような雰囲気を醸し出します。
(まして、紫紺という高級カラーだし)
 
 
最近、体重が2kgほど増えてくれて嬉しい。
久しく変わらなかった体重でしたが、市の健康診断でおじいさんの医者に、
「ちょっと痩せ過ぎだねェ」と言われたのが原因かもしれません。

自分では食べる量を増やしたつもりはないのだけど、意識のどこかで太らなきゃ、と思っていたのかもしれません。
それで太ったのでしょう。
自分の身長を考慮すれば、もうちょっと太ってもいいくらい。
体重争いで、ミチコさんの激しい追い上げをかわして、逆転されるのを防ぎました。
よかったよかった。

……今、世の女性の多くを敵にまわしているような気もするけど、気のせいでしょうか。

 

8.11.2009

飛行機


 
 
羽田を飛び立つ飛行機。

遠くを飛ぶ飛行機をついつい目で追いかけてしまうことがあります。
乗れないとわかっていても、乗りたい、と思う。
現実逃避願望なのでしょうか。
《飛行機=どこか遠くへ連れてって》
というような。
 
会社勤めをしていた頃、しばしば休み時間に抜け出して、空高く飛んでいく飛行機を見上げていました。
その頃よりは、飛行機に乗りたい、と思うことが減った気がします。
 
現状に満足している証拠なのかな。

8.10.2009

モミジバフウ




《紅葉葉楓》と書くそうです。
星形の小さな葉っぱを見つけました。

ひとしきり強く降った雨があがって、薄日が射す。
とたんに水蒸気とともに草木の匂いがもわっと立ちのぼってくるような気がします。
 
ジャングルへ行ったことはありませんが、感覚としては近いのではないか。
草いきれよりも、湿り気を帯びた濃厚な匂い。

汗がとめどなく流れてきますが、制汗剤を使う気持ちになれません。
木々も同じようにたくさんの葉から水分を出しているに違いないわけで。
人も木も同じだと思うと、毛穴をふさいで汗を抑えることに、なんとなく抵抗を感じます。

汗臭いのですが……。
 

木の名前を調べるときに参考にしたサイトはこちらです。
>《樹木検索サイト「木には名前がある」

8.09.2009

ゴーヤの花


 
 
我が家のベランダに咲くゴーヤの花。
小さな実もできました。

日よけにもなるようにと、ベランダにスタンドを立てて《緑のカーテン》にしているつもりです。
ただ今年の夏は曇天つづきで、あまり効果を発揮していませんが……。
 
それでも窓の向こうに緑の葉が揺れているのを見るのは、一服の清涼感を得られて悪くありません。
 
いっそ、街のいたるところでゴーヤを育たら面白いだろうな。
街の風景が緑に染まれば、目に優しい。
時期になれば実を自由に採れるようにしてもいい。
そんなイベントが日本のどこかにあるといいな、と夢想してみる。
 
 

8.08.2009

ダリア


 
 
ボールのようなぽてんと丸いダリア。
雨上がりのしずくが花弁に小さく残る。
 
最近、欲しいと思うものがないです。
カメラ。必要にせまられて高画素のものを買うわけで、楽しむだけならD70s(600万画素)でもよかった。
車。ポンポがちゃんと走ってくれるから、ワンボックスもセダンもいらない。
家。ローンはさておき、維持費、税金その他がかかるだろう。なにより身軽に引っ越しできないからいらない。
グルメ。もともと食通でも何でもないので、おいしく食べられさえすれば質は問題外。
服。好きなら前の職場は辞めてないと思う。
 
デザインのいいものとか、機能の優れているものとか、そういった価値に興味を持てなくなっています。
唯一欲しいものがあるなら、時間でしょうか。
仮にお金で買えたとしても、時間の価値は人それぞれなので。
 
ダリアの花を見つけて写真を撮っている幸福な時間。
 
 

8.07.2009

ツルバギア・ビオラセア




南アフリカ原産の花だそうです。
ツルバギアという名前の由来は、かの昔、南アフリカを統治していたオランダの総督《ツルバグ》さんにちなむとか。
>《季節の花 300:ツルバギア
 
南アフリカからやってきて、銀座の端っこに咲いています。
時間さえあれば、いろんなことができるのですね。
 
南アフリカついでに、先日、近所のスーパーで南アフリカ産のグレープフルーツが売られていました。
一個100円。
ほぼ地球の裏側から運んで来る果実として、このお値段でいいのかな。
現地ではいったいいくらで売られているのだろう。
時間さえあれば、いろんなことが実現していく。
十年後には、《うまい棒》も《ガリガリ君》も、ヨハネスブルグで買えるのかなあ。
 
 

8.06.2009

ブルーサルビア



 
公園の花壇で涼しげな色を見せる花。
 
といっても、ここしばらく青空を見ていません。
いっこうに夏の空が姿を見せないのは、エルニーニョ現象が原因なのだとか。
これが家計にもよくありません。
野菜の値段が上がりましたね、と書くと主婦みたいですが、
スーパーでよく買物をするので価格には敏感になります。

お天気が悪いと野菜の成長が進まず、出荷が減る。したがって値段も上がる。
自然とは無縁に思える生活でも、自然の影響を受ける。
ちょっと不思議で面白い。 

キュウリ一本が50円です。
先月まで特売で4本99円で売られていたのに……。

8.05.2009

カツラ



丸っこいカツラの葉っぱ。かわいい。
 
花の名前を調べるのは比較的簡単だと思う。木の名前を調べるのに比べれば。
公園に植えられている樹木に、名前の入ったプレートが掛けられていると助かります。
でも、葉っぱの特徴をよほど覚えていないと、名前はすぐに忘れてしまいそう。
写真というのはその点、いい道具です。
木の名前をもっと知りたいので、これから機会があれば木の葉も撮ろう。
 

撮られる自分を見てみたくて、セルフフォトを撮りました。
わざと視線を外して、他人の視線のような感じで。
「恥ずかしい」という自意識が働くよりも、自分がよく知っている誰かを見ているようです。

外出すれば自分の顔は誰かに見られているわけで、それが写真になりネットに出ても同じこと。
 
ただ、自分の写真を積極的に撮りたいとは思いません。
それは自分がつまらなさそうな顔をしているからなのか、自分に対して興味がないからなのか。
 
……あるいは、ずっと撮り続けていると自分にも興味が出てくるのでしょうか。
  

8.04.2009

待宵月


 
 
夕焼け色に染まる雲から顔を出した十四夜の月。
 
練馬区役所まで往復25kmほどを自転車で走って帰ってくると、月の出を見られました。
ポンポで行ってもよかったのですが、かかる時間は自転車とそれほど違いません。
なにより、あっと気がついたときに自転車は気軽に止まれるのがありがたい。
 
自転車で走れば運動不足も解消できる。
ただ、荷物が……。
一眼レフに望遠レンズの入ったカメラバッグを持って自転車で長距離を走るのは骨が折れます。
自転車便のメッセンジャーも肩にかけるバッグは薄手のものだし。
リュックサックにすればよさそうですが、背中が汗にまみれるのは目に見えています。

自転車乗りのための(快適な)カメラバッグ、ないかな。

 

8.03.2009

ヒマワリ


 
 
ヒマワリって体が大きいのに、意外と街中で咲いています。
ヒマワリが咲いているのを見ると、夏だ、と思う。
夏を感じる花として、これ以上のものはないでしょう。
 
 
季節を感じるものは、人それぞれ、または土地によっても違うもの。
生まれ育った九州では、今ぐらいの時期からツクツクボウシの声が目立ち始めます。
そしてお盆を過ぎる頃には、終わらない宿題を急かすかのようにツクツクボウシの声だけが響く……。
なので、ツクツクボウシはあまり好きではありませんでした。

宿題がなくなった今では逆にツクツクボウシの声が懐かしい。
僕にとって夏を思い起こさせる音はその鳴き声かもしれません。
 

8.02.2009

キキの手


 
 
ぽってりとしたキキの手。

忙しくて目が回りそうな方に、この写真差し上げます。
何かのお役に立つと、思います。

キキの体調があまりよくなく(元気そうにみえるのだけど)、
まったくといってよいほどエサを食べなくなりました。
 
猫の調子が悪くなると、もう一匹の大きな猫(ミチコさん)の元気もなくなるのが困ったものです。
さかんにキキに話しかけるのですが、あまり反応を示してくれません。(無視)
相手は猫なんだから、かまわなくてもよいと思うのですが。

……あ、と気がつく。
ミチコさんもそうなのかな、もしかして。

 

8.01.2009

夜景


 
 
眼下に広がる東京の夜景。
 
地上232メートルのサンシャイン60スカイデッキにいました。
まわりにライバルとなる高層ビルがないので、見晴らしがよくて気持ちがいい。
東京タワーや六本木ヒルズの森タワーの周りには高層ビルが増えすぎてしまいました。
 
飛行船を撮るために3時間ほど立っていましたが、結局近くへ飛んでくることなく、フライトは終わりました。
がっかりして帰ることに。
しかし、風景は僕の気持ちとは関係なく広がっているわけで。
きらきらと光の粒を撒き散らした東京の街の姿を見ると、写真が撮れても撮れなくても、まあいいかと思えてくる。

気持ち次第で風景に対する印象は変わります。
夜景に「またおいで」と言われているような気がするのは、自分が「また来よう」と思っているからなのでしょう。