9.30.2009

カンナ


 
 
雨に濡れるカンナ。

もう9月が終わろうとしているのに、鮮やかなカンナが咲いていました。
顔を洗った後のような水滴が残り、瑞々しさがいっそう増しています。
 
花の咲き方にもいろいろあって、数日で散ってしまうものから、何ヶ月もの間、次々と花を咲かせ続けるものなど、その世界はとても深い。

たとえ季節外れのように咲いても、花としての使命を全うして枯れる。
見習いたいなあ、と思うのです。
 
 

9.29.2009

キキ


 
 
見つめるキキ。
 
最近、体のぐあいが思わしくない様子。
目のまわり目やにがこびりついていました。

キキは一日中寝ています。
そんなキキをミチコさんが心配しています。

夜、ようやく起きてきたキキは伸びをして、餌をちびちびと食べました。
毎日見ている光景だけれど、これが一番大切な光景なのかなと、ふと思うのです。

キキよ、ごはんをたくさん食べて水飲んで、たくさんうんちとおしっこしてください。
 

9.28.2009

コスモス


 
 
公園の片隅にコスモス。
 
最近、近所の花の種類が一気に減ってきました。
花の命は短くて、というわけではありませんが、花が多く見られたのは3月から9月にかけて。
北のほうへ行けば、もっと短いのでしょうけど、花の季節は一年のほぼ半分なんですね。
このブログを始めたおかげで気がつきました。

温暖化といわれつつも、花は季節の通りに咲いています。
 
 

9.27.2009

タイワンレンギョウ


 
 
秋風に揺れる台湾連翹。
 
日が暮れる前に、と思って一時間ほど近所を自転車で散歩しました。
ふだんは通ることのない路地をぐるぐると巡っていたら、方向感覚がなくなって、どこか遠い街に来たような錯覚を覚えました。
見知らぬ風景というのは、脳の奥深くにやわらかな刺激を与えてくれるような。
 
いい花がないかなと、きょろきょろしていたら、涼しげなタイワンレンギョウを見つけました。
秋の花というわけではないけれど、付近にはサルスベリも芙蓉の花も咲いています。
夏はまだ通りのそこかしこに消えずに残っているのでした。
 
 
 

9.26.2009

昼の月


 
 
土手の上に静かに浮かぶ昼の月。
 
土手の上からでもいいけれど、下から見上げる空もいい。
青と緑で二分された景色はいさぎよさを感じさせてくれます。
 
土手を散歩する人たちが、舞台の上に立つ俳優のように、それぞれの役割を演じながら上手から下手へ、そのまた逆へと動いて行く。
その動きを見るのもいい。
早く土手に上がって、自分もその舞台に立ちたいと思う。
俳優と観客が入れ替わりながら、土手の舞台は休みなく続いていきます。

いつかどこかの劇団が、土手を本物の舞台にして芝居をしたら面白いだろうな。
 
 

9.25.2009

揚げ餃子


 
 
ミチコさんが作ってくれた揚げ餃子。
中身はチーズです。(第3の)ビールがおいしい!

会社勤めでもないのに、呆然とするうちに毎日が過ぎていきます。
撮影から帰って、パソコン仕事をして、猫を病院に連れて行って、気がつけば夜八時過ぎ。
お腹が空きました。
 
慌ただしくした日の最後には、ちょっと飲みたくなるものです。
こんなおいしいおつまみがあれば言うことなし。
写真を撮るのもそこそこにして、いただきまーす。
 
 

9.24.2009

夕月


 
 
日が沈む前、南の空を見上げたら、はっとするほどの光る月がありました。
 
空気が澄んでくる季節ゆえ、月光もまっすぐ地球にやってくるような。
しばらく見とれていました。
 
この月が少しずつ大きくなっていき、満月になれば《中秋の名月》。
今年は10月3日なのだそうです。
 
月を見上げながら、ぼーっと過ごす時間があれば、ぜいたくだろうなと思う。
何も考えないというより、とりとめなく考えている、というべきでしょうか。
思考のおもむくままに思考するのは、思考のままに愚痴を言うより癒されるような気がします。
食欲の秋でもいいけれど、《考える秋》もいいな。
 
  

9.23.2009

チャーちゃん


 
 
家族のマスコット的存在のチャーちゃん。
まだ1歳の女の子です。

1歳なのに、《オトコ好き》らしい。
実際そうなのでした。
家にお邪魔すると、興奮したチャーちゃんから、がうがうがうがう……とパンチをくらい、
べろべろべろべろ……と舐められる。
顔を近づけると、あっと言う間に唇を奪われました。
そういえば、家ではキキ(♀)にももてるんだっけ、僕は。

もうちょっと人間の女の子に好かれたい。
え、ミチコさん?
あ、そうか。《女の子》だ。たしかに。
 
 

9.22.2009

キバナコスモス


 
 
そよ風に揺れるキバナコスモス。
 
秋がいよいよ身近にやってきました。
少しずつ涼しくなるにつれて、暑い夏よりも感覚が細やかになってくるような気がします。
というよりも、暑さに紛れてわからなかったものが、立ち現れてくる感じ。
または、木の葉が少なくなっていくにつれて、枝振りがわかるように、本質がわかる。

……という具合になってくれればよいのですが、まだ何にもわかっちゃいませんし、感覚も鈍いまま。

とりあえず何かしてみようと思う。いらなくなった本を処分するとか。
もっとシンプルになりたいのです。
 
 

9.21.2009

ソバ


 
 
一面に広がるソバ畑の、一本の白い花。
 
遠目に見れば、白い絨毯が広がっているように見えます。
菜の花でもそうだけれど、この小さな花がいったいいくつあるのだろうかと思うと、少し気が遠くなるような。
 
見方を変えると、それは人間にも当てはまるのかもしれません。
何十億もの人が集まれば、どんな景色が生まれるのでしょう。
そして、その集まりの中の一人一人が、こんな小さな花なのかもしれません。
大きくも小さくもなく、誰もがほとんど同じ花。
 
 

9.20.2009

みどりちゃん(ふたたび)


 
 
(虫が苦手な方)たびたびすみません。みどりちゃんです。

先週撮ったみどりちゃんではありません。念のため。
 
我が家のベランダにあった小さな柚子の木に産みつけられた卵が次々にふ化しています。
今や、みどりちゃんは六匹になり、柚子の葉は全て食べ尽くされてしまいました。

僕は柚子のほうがかわいそうだと思うのですが、ミチコさんは食べ物がなくなったみどりちゃん(全六匹)のほうがかわいそうだと言います。

ついにホームセンターに行き、デコポン(柑橘系だから)の苗木を買って来てしまいました。
 
まあ、彼らはもよもよしてて、かわいい、と思えないこともないのだけど……。
みどりちゃん、いつまでうちにいるんだろう。
  
 

9.19.2009

餃子


 
 
お皿いっぱいの餃子。
 
この日は70個の餃子を作りました。
餃子はおいしいです。もちろんビールによく合います。
ただ食べ過ぎるのが難点ですが……。
ミチコさんはほどほどにしておいたほうがいいでしょうね。

え? 餃子食べ放題の店に行きたいって?

それはやめといたほうがいいと思います。
ミチコさんの、そのぷよぷよのお腹のために。
 
 

9.18.2009

アトム


 
 
じっとレンズを見るアトム。
 
本当はアトムを撮りたかったわけではなくて(ごめんね)、レンズを使ってみたかったのです。
マイクロ・ニッコールの55mmレンズ(f2.8)。
シャープな描写がすばらしい。 

デジタルカメラの前は当然、フィルムカメラを使っていました。ニコンF3です。
カメラがマニュアルフォーカス(MF)なので、レンズもMF。

しかしデジカメはすべてオートフォーカス(AF)なので、それまでのMFレンズはまったく使わなくなりました。

ずっとしまってあったMFレンズ。
ふと思い立って、デジカメに取り付けてみたら、この通り。
思いがけない発見というのは、いつでも何でも嬉しいものです。
 
 

9.17.2009

カモメ


 
 
すーっと目の前を通り過ぎるカモメ。
 
カモメも飛行船も、気まぐれに飛んでいるように見えます。地上からは。
でも、飛行船にはちゃんと目的があるから、そのルートで飛ぶ。
同じことは、一羽のカモメにもいえるのでしょうか。
カモメは、いや鳥は目的があるからそのコースを飛んでいる。

空を飛ぶ鳥にしてこうなのだから、道を歩く人もそうなのでしょう。
何かしら目的を抱えて、その道を往く。
 
いや、待てよ。
気まぐれに歩くことができる動物は、人間だけではないだろうか。
すると、気まぐれに歩くことは、もっとも人間らしい行為となる。
明日は荒川の土手の上を気まぐれに歩いて(散歩して?)みようっと。
 
 

9.16.2009

落ち葉


 

落ち葉の季節になってきました。

イチョウの木はまだ青々としていますが、近所の小学校の桜並木は早くもさびしくなってきました。
朝夕に寒さを感じるようになると、少しずつ心が深閑としてきます。

いろいろと雑事に追われる毎日。
ふとしたときに、しん、とした気持ちになれるとほっとする。
わずかでもそんな時間があればいいなと思いながら、すぐに忘れてしまうのですが。
 
 

9.15.2009

飛行船


 
 
ホンダエアポートで体を休める飛行船。

家からポンポで一時間強のホンダエアポート。
もう何度ここへ来たかわかりません。
なぜか、でも確実に人生の一部を占める飛行船。
そんな物や事が、誰にもひとつ、ふたつ、あるいはたくさんあることでしょう。
 
飛行船で何かをする気持ちはないけれど、
飛行船と、飛行船が飛ぶ空をみんながもっと知ってほしいと思う。
飛行船は文明の所産であるけれど、文化の所産としての飛行船があってもいい。
1929年には確かにそれがあったから。
 
 

9.14.2009

みどりちゃん


 
 
はい、みどりちゃんです。虫が苦手な方、ごめんなさい。

ベランダの植木鉢のひとつに小さな柚子の木があります。(実はなりませんが)
そこにアゲハチョウが卵を産んで、生まれて、どんどん大きくなりました。
ミチコさんは大喜びで、毎日飽きずにみどりちゃんを観察しています。
 
僕が指で突っつこうものなら、「なにすんのよ!」と怒られます。
しかし、ですね。
みどりちゃんは今、次々に生まれているんですけど。
そこの葉にも、ここの葉にも、緑になりきる前の小さな黒い芋虫が……。

この小さな柚子の木が丸裸になる日は近そうです。
 
 

9.13.2009

ウィスキー


 
 
はい、今日も飲んでます。
 
はっきり言って、この時間が至福のときと言ってもいい。
穏やかに暮れてゆく西の空を眺めながら、少しずつ琥珀色のお酒を味わう時間。
たとえ、
グラスが乗っているのはエアコンの室外機の上だとか、
幅1メートルのベランダにはゴーヤのプランターが並べられているとか、
そんなことはどうでもよく。
 
ウィスキーがいいなと思うようになったのは、山口瞳の文章が好きだったからでしょう。
サントリーの宣伝部だったからというわけではなく、お酒の嫌な部分も併せながら、酒を飲むことのよさが感じられるのです。
今、ハイボールが流行っているようですが、お酒についてのスタイルはおそらく違うのでしょうね。
江分利満氏が連載されていた頃とは。
 
 

9.12.2009

歩行者天国


 
 
東京銀座の名物といえば、週末の歩行者天国。
 
有楽町駅からせかせかと歩いて来ても、車の通らなくなった銀座通りを歩けばほっとひと息つける。
心なしか歩く速さもゆっくりと。
ゆっくり歩けば、気持ちもクールダウンしてくるのは、当たり前か。
 
とかく目的地へ向かって急ぐ毎日だけど、歩くスペースを広くすれば、
心にも余裕が生まれるのでしょう。
立ち止まらずとも、歩きながら自分を省みることだってできる。
そして自然に、次はどこへ行こうかと足が動く。
 
人生はすべからく歩行者天国でありたいと思うのです。
 
 

9.11.2009

キバナコスモス


 
 
お台場付近の野原に咲くキバナコスモス。

野原といっても人工的なもの。
人工だけど自然がそこにはあるわけで、人工の自然なのか、自然な人工なのか。
まあどちらでもよいのだけど。
コスモスはいちいちそんなことを考えずに無心に咲いています。
 
無心ゆえに人は癒されるのでしょう。
人には多かれ少なかれ、私欲があるもの。
必要なことと思いつつ、同時に嫌悪しているのではなかろうか。
人はいつから矛盾を抱えて生きるようになったのでしょうね。
 
 

9.10.2009

キンモクセイ


 
 
香りをあたりに漂わせているキンモクセイ。

それはほんとうに爽やかな初秋の日。
自転車で走っていたら、不意に鼻先を良い匂いがかすめました。
匂いのもとを探してみれば、十メートル先の家の庭先に大きなキンモクセイが。

立ち止まって見上げ、匂いを嗅いで写真を撮る。
わずかでも、いい時間を過ごしたな、と思える時間でした。
 
 

9.09.2009


 
 
むっちりとしたお尻……じゃなくて桃。
 
今年初めて(で、おそらく最後)の桃をいただきました。
ふだん果物を食べないので、たまに食べると新鮮です。
季節を食べているといえば、格好つけすぎでしょうか。
一年中食べられる果物もありますが、野菜よりも季節を感じます。
 
もう少し寒くなれば、大好物のみかんの季節。
昨年はあまり作柄がよくないように思いましたが、今年はどうでしょうね。

しかし桃を食べながら、みかんに思いを馳せたりしたら、桃が機嫌を損ねそう。
 
 

9.08.2009

キキ


 
 
帰ってくると、キキがいつものこのポーズ。

メイドカフェへ行くとウェイトレスが「お帰りなさいませ、ご主人様」と言って迎えてくれるのだとか。
「いらっしゃいませ」と言われるよりは、《待っていてくれた感》があっていいと思う。

キキは何と言っているのかわからないけれど、体をくねくねさせながら、僕を待っています。
松浦寿輝さんエッセー『愛するものと一緒にいて』(『散歩のあいまにこんなことを考えていた』文藝春秋)にこんな一節を読みました。

彼女はわたしを「愛」しているのか。そんなことはどうだかわかりはしない。あれこれ思いをめぐらせているうちに、たしかなことは、ミケがいつもわたしを待っていてくれた、待つことで支えてくれたという一点のみだと思い当たった。
 

彼女とはミケ、ミケとは松浦さんの飼い猫のこと。
言葉を介さない相手の気持ちを推し量るとき、唯一の手がかりは《待っていてくれる》という事実だけなのでしょう。
動物を飼う人は、その事実だけで嬉しくなれるのです。
 
さて、キキは待っています。
僕というより、気持ちよくなれるマッサージをする人間を……。
 
 

9.07.2009

噴水の水


 
 
夜、日比谷公園の噴水の水。
 
噴き上げては落下し、水面を打つ水の束。
池の水が波打ちます。
 
水といのは不思議なもので、ひとときとして同じ姿にとどまることがありません。
火や雲もそうなのですが、これらはいつかは消えてしまう。
水は(蒸発はするけれど)いつまでも同じようにそこにある。
同じようには見えるが、同じではない。

人の体の70%は水分なのだとか。
それが毎日入れ替わるのだから、人も同じように見えて同じではないのでしょう。
そんなとりとめもないことを考えながら、ぼうっと水を見ていた二十分。
 
 

9.06.2009

とある犬


 
 
おじいちゃんが連れていた、おじいちゃんのブルテリア。

荒川土手をゆっくり歩くおじいさんの後ろを、さらにゆっくり歩く。
のったり、のったり。
まるで、小さな牛のよう。
土手を散歩する人々が、立ち止まり振り返ってその犬を眺めていました。

おじいさんに声をかけて立ち止まってもらったら、意外にも犬は元気そうに見える。
つかの間の休憩が嬉しかったのでしょうか。

そしてまた、おじいさんの後を追って歩き出す。
のったり、のったり。

年老いた犬の歩みのように、土手の上では時間がゆっくり流れていました。
 

 
 

9.05.2009

マーガレット


 
 
花壇の隅っこにちっこり咲いていたマーガレット。
 
スポーツジムのプールに泳ぎに行くと、帰りは少しだけ体が軽くなります。
(その感覚もすぐに消えるのだけど)
体が軽くなると同時に、気持ちも少しだけ軽くなる。
運動オンチな僕ですが、体を動かすとストレスも軽減するのでしょう。

プール帰りに自転車を停めて、花の傍らでうずくまって写真を撮るくらいのストレスフリー。

9.04.2009

キダチチョウセンアサガオ




木立朝鮮朝顔。別名エンジェル・トランペットとも。
9月になってなお、瑞々しい色で咲いていました。
 
仕事で出かけた茨城県石岡市。
駅から歩いていると、ところどころで芙蓉、カンナ、ヒマワリなど夏の花が生き生きと咲いていました。
東京だともう大半が元気なくしおれているのに。
季節がほんの少し逆戻りしたような。

そういえば、前回石岡に来たのは4月20日
このときも、終わりかけの菜の花に出会ったのでした。
静かな町に漂う、どこか不思議な空気。
 
 

9.03.2009

ホウセンカ


 
 
田んぼのあぜ道に、ホウセンカの一群。

そろそろ秋の花が咲き出す頃なのでしょう。
コスモスはすでに咲き切っているようですが、ヒガンバナはこれから。
 
田んぼの風景は、気持ちが落ち着く。
明るく開けていて、稲穂以外に何もない。
どこか海を思わせるような、解放感があります。

もし前世というものがあるとしたら、きっと自分は農民だったに違いないと思う。
 
 

9.02.2009

エノコログサ


 
 
宵闇に浮かぶエノコログサ。
 
「今日はほっとするものに出会ってないなあ」と思いながらの帰り道。
スーパーで《ほっとするアイテム》(プリン)を買って食べる前に撮ろうか、なんて考えていたら、はっと出会った道ばたの猫じゃらし。
車のライトに照らされ、ふわふわとまるで生き物のように揺れていました。
 
そうでした。もう9月で秋なのでした。
気がつくと、虫の音も聞こえてくる。
最近、季節を感じるのに、少々努力が必要になってきたのかもしれません。
 
 

9.01.2009

夕空


 
 
空の写真を撮るためにアパートの屋上に上がったら、こんな夕焼け空でした。
ほう、と息をついて見入ってしまう。
ビールが飲みたいなあ。
 
最近、無上の幸せを感じる時間のひとつがこれです。
暮れて行く空を見上げながら飲むこと。
いつ見ても空の色は違うし、その色が刻々と変化してフェードアウトしていく。
からりと音を立てるグラスの中の氷。
このとき、一人のほうがいい。

椅子に座って、一人でぼうっとピンク色の空眺めているとき思い出すのは《星の王子さま》。
たしか彼も夕焼けを見るのが好きだったはず。
さびしいとき、という条件がつくのだけど……。
僕も寂しいのかしらん。