9.07.2009

噴水の水


 
 
夜、日比谷公園の噴水の水。
 
噴き上げては落下し、水面を打つ水の束。
池の水が波打ちます。
 
水といのは不思議なもので、ひとときとして同じ姿にとどまることがありません。
火や雲もそうなのですが、これらはいつかは消えてしまう。
水は(蒸発はするけれど)いつまでも同じようにそこにある。
同じようには見えるが、同じではない。

人の体の70%は水分なのだとか。
それが毎日入れ替わるのだから、人も同じように見えて同じではないのでしょう。
そんなとりとめもないことを考えながら、ぼうっと水を見ていた二十分。
 
 

9.06.2009

とある犬


 
 
おじいちゃんが連れていた、おじいちゃんのブルテリア。

荒川土手をゆっくり歩くおじいさんの後ろを、さらにゆっくり歩く。
のったり、のったり。
まるで、小さな牛のよう。
土手を散歩する人々が、立ち止まり振り返ってその犬を眺めていました。

おじいさんに声をかけて立ち止まってもらったら、意外にも犬は元気そうに見える。
つかの間の休憩が嬉しかったのでしょうか。

そしてまた、おじいさんの後を追って歩き出す。
のったり、のったり。

年老いた犬の歩みのように、土手の上では時間がゆっくり流れていました。
 

 
 

9.05.2009

マーガレット


 
 
花壇の隅っこにちっこり咲いていたマーガレット。
 
スポーツジムのプールに泳ぎに行くと、帰りは少しだけ体が軽くなります。
(その感覚もすぐに消えるのだけど)
体が軽くなると同時に、気持ちも少しだけ軽くなる。
運動オンチな僕ですが、体を動かすとストレスも軽減するのでしょう。

プール帰りに自転車を停めて、花の傍らでうずくまって写真を撮るくらいのストレスフリー。

9.04.2009

キダチチョウセンアサガオ




木立朝鮮朝顔。別名エンジェル・トランペットとも。
9月になってなお、瑞々しい色で咲いていました。
 
仕事で出かけた茨城県石岡市。
駅から歩いていると、ところどころで芙蓉、カンナ、ヒマワリなど夏の花が生き生きと咲いていました。
東京だともう大半が元気なくしおれているのに。
季節がほんの少し逆戻りしたような。

そういえば、前回石岡に来たのは4月20日
このときも、終わりかけの菜の花に出会ったのでした。
静かな町に漂う、どこか不思議な空気。
 
 

9.03.2009

ホウセンカ


 
 
田んぼのあぜ道に、ホウセンカの一群。

そろそろ秋の花が咲き出す頃なのでしょう。
コスモスはすでに咲き切っているようですが、ヒガンバナはこれから。
 
田んぼの風景は、気持ちが落ち着く。
明るく開けていて、稲穂以外に何もない。
どこか海を思わせるような、解放感があります。

もし前世というものがあるとしたら、きっと自分は農民だったに違いないと思う。
 
 

9.02.2009

エノコログサ


 
 
宵闇に浮かぶエノコログサ。
 
「今日はほっとするものに出会ってないなあ」と思いながらの帰り道。
スーパーで《ほっとするアイテム》(プリン)を買って食べる前に撮ろうか、なんて考えていたら、はっと出会った道ばたの猫じゃらし。
車のライトに照らされ、ふわふわとまるで生き物のように揺れていました。
 
そうでした。もう9月で秋なのでした。
気がつくと、虫の音も聞こえてくる。
最近、季節を感じるのに、少々努力が必要になってきたのかもしれません。
 
 

9.01.2009

夕空


 
 
空の写真を撮るためにアパートの屋上に上がったら、こんな夕焼け空でした。
ほう、と息をついて見入ってしまう。
ビールが飲みたいなあ。
 
最近、無上の幸せを感じる時間のひとつがこれです。
暮れて行く空を見上げながら飲むこと。
いつ見ても空の色は違うし、その色が刻々と変化してフェードアウトしていく。
からりと音を立てるグラスの中の氷。
このとき、一人のほうがいい。

椅子に座って、一人でぼうっとピンク色の空眺めているとき思い出すのは《星の王子さま》。
たしか彼も夕焼けを見るのが好きだったはず。
さびしいとき、という条件がつくのだけど……。
僕も寂しいのかしらん。